◆◆狂犬病について(part2) ◆◆


狂犬病」の予防注射は何故必要なのか?

△「狂犬病」と「狂犬病予防法」

「狂犬病」は狂犬病ウイルスにより引き起こされる、神経症状を伴う致死性の高い、非常に怖い「人畜共通感染症」です。狂犬病ウイルスに感染して発症した動物の唾液中にウイルスが含まれており、多くの場合これらの動物に噛まれる事で感染します。感染しても直ぐに発症するわけではなく、ヒトの場合は通常1〜3ヶ月間(もっと長い例も報告されています)、犬の場合は2週間程度の潜伏期間の後、狂犬病を発症します。症状は、まず音や光に過敏になり、狂騒状態となり、動物では目の前にあるもの何にでも噛み付くようになります。やがて全身麻痺を起こし、昏睡状態となって死亡します。発症した場合、犬やヒトでの死亡率は約100%です。
「狂犬病」と言う名前のため、「犬からうつる病気」と思われがちですが、実際には全ての哺乳類に感染します。牛や馬などの草食動物にも感染しますし、リスやアライグマなどの野生動物や、ネズミなどのげっ歯類からヒトに感染することもあります。したがって、「病名」としてはあまり適切なネーミングでは無いと、個人的には思っています。

 「狂犬病予防法」では、「犬の所有者は、犬を取得した日(生後90日以内の犬を取得した場合は、生後90日を経過した日)から30日以内に、その犬の所在地を管轄する市区町村に登録の申請をし、鑑札の交付を受けなければならない」と定められています。狂犬病予防注射についても、「室内犬を含む生後91日以上の犬を所有する者は、毎年1回、狂犬病予防注射を受け、注射済票の交付を受けなければならない」と定められています。そして鑑札や注射済票は犬に付けておかなければならないことになっています。きちんと法律を守って登録をしている人は、毎年春になると管轄の市区町村から狂犬病予防注射のお知らせの葉書が送られて来ます。

 

△「森林型」と「都市型」の狂犬病

 狂犬病の発生の仕方には、大きく分けて「森林型」と「都市型」の2種類があります。森林型はコウモリやスカンク、アライグマなど、野生動物の間に狂犬病ウイルスが蔓延するタイプで、野生動物の多いアメリカやヨーロッパなどでは森林型の発生が主流です。「森林型」の場合には、自然界にウイルスが蔓延しているため、狂犬病の予防対策が極めて困難ですが、ヒトへの感染の機会はそれ程多くは無いと言う特長があります。(2000年のアメリカCDCの報告では、野生動物の狂犬病感染死亡頭数が約7000頭に対してヒトの感染死亡者数は5人、犬114頭、猫249頭です。)これは野生動物と人間の接触がある程度限られているためであると思われます。したがって、「森林型」における現実的な狂犬病対策は、正確な知識と良識をもって野生動物と接する(=触らない・関わらない)ことが非常に重要になります。
 これに対して、都市型の発生は、人口密度の高い、主に途上国の都市部で見られます。インドやタイ、中国などにおける狂犬病の発生は「都市型」に含まれます。都市型の特徴は、動物での感染頭数に比べて人での感染者数がかなり多い、と言うことです。この都市型狂犬病において、ウイルスを媒介する主な動物は、ヒトに最も身近な動物である「犬」であることが判っています(80〜98%)。特に野犬の多い地域では要注意です。実際、過去に日本で狂犬病の発生が見られたときにも「都市型」の発生でした。

 と言う訳で、とりわけ都市型狂犬病の発生を防ぐためには、犬に対して狂犬病の予防注射を接種することが重要、と言うことが理解できます。もちろん本来なら、ヒトを含め全ての哺乳動物に予防接種をすべきと言う意見が「正論」なのですが、実際には上記の理由、つまり「都市型狂犬病でのウイルス感染源の80〜98%が犬である」という理由から、ヒトとの接触の機会が一番多い「犬」に対して、狂犬病予防注射を接種することが、根拠のある現実的な対応策とされています。このような理由から、日本では「犬」だけが狂犬病予防注射の対象になっているのです。
では日本の犬の「狂犬病予防注射」の接種状況はどうなっているのでしょうか?

 

△日本の狂犬病予防注射接種状況

 日本では、生後90日齢を過ぎた犬には狂犬病の予防接種を受けさせる事が法律で義務付けられています。平成14年度のデータでは、日本国内の犬の登録件数は約600万頭となっており、この年の狂犬病予防注射接種率は約76%と言う比較的高い数字となっています。ところが、実際には犬を飼っていても登録していないケースがかなりあると予想され、現実の犬の国内飼育頭数は約1000万頭以上と考えられています。従って、実際の狂犬病予防注射接種率は50%以下(一説によれば38%程度?!)と言うことになります。万が一、日本に狂犬病ウイルスが侵入した場合、これでは狂犬病の蔓延を防ぐことが出来ません。極めて危険な状況であると言えます。
 「狂犬病発生国であるアメリカでは狂犬病の注射は3年に1回なのに、清浄国の日本では毎年打つことになっているのは何故か」と言う質問を受けたことがあります。これに答えるためにはまず、前述したように「森林型」と「都市型」の狂犬病対策は異なる、と言うことを理解する必要があります。森林型発生の見られるアメリカでは、犬だけに予防注射を接種してもあまり有効な予防対策になりません。だからと言って、全ての野生動物に予防接種を受けさせることは当然出来る訳がありませんので、「狂犬病を撲滅すること」よりも、「(野生)動物に咬まれたら狂犬病に感染したものと仮定して治療する」ことの方が優先されます。予防よりも早期診断・治療に力を入れざるを得ない、と言う現状があるのだと思われます。但し、決して「予防をおろそかにしている」訳ではありません。前述した数字からも判るように、アメリカでは犬よりも猫での狂犬病の発生数が多いため、猫に対しても狂犬病の予防注射接種が義務付けられているほど予防に力を入れています。さらに、何故3年に1回で良いのかと言う本当の理由は、実はアメリカでは接種後3年間有効なワクチンが認可されている、と言うだけのことなのです。日本では、接種後の有効期間が1年間のワクチンしか認可されていません。だから毎年接種する必要があるのです。

 

△なぜ狂犬病の予防注射が必要なのか?

 私たち獣医師は、「狂犬病に感染した犬」を治療することが出来るでしょうか?答えは「No」です。獣医師は、狂犬病が疑われる犬やその他の動物を「治療する」ことは、法律で禁じられています。もちろん発症したら致死率100%なので実際に「治療不可能」なのですが、万が一「狂犬病の発症」と思われる犬(その他の動物)を診察した場合には、狂犬病予防法および家畜伝染病予防法に従い、ヒトや周囲へのウイルスの蔓延を防止するために「患畜」を隔離し、保健所または管轄の都道府県知事に届け出なければならない、と定められています。現在、日本国内では狂犬病の発生がないので、私たちも「狂犬病は無いもの」として日常の診療をしていますが、もしも日本のどこかで狂犬病が発生したという状況で、目の前に「狂犬病を疑わせるような神経症状を示す犬」が連れてこられた場合、そしてその犬が「狂犬病の予防注射を受けていない」のが明らかな場合、私たち獣医師は、周辺住民の命と生活を守るため、そして周辺地域の沢山の動物達の生命を守るため、獣医師の良心と法律に従ってその犬を隔離し、届出義務を果たさなければならないのです。もちろん、その犬が狂犬病の予防接種を受けていれば、このようなことにはなりませんが・・・。

 「狂犬病予防法」は基本的に「人間の命と安全」を守るために定められた法律であり、犬や動物達のための法律ではありません。したがって、特に犬に対して多少の負担を強いる内容になるのはある程度仕方のないことです(確かにワクチン接種による副作用のリスクも否定できません)。「狂犬病に感染するのが怖ければ人間がワクチンを接種すればよいだろう」と言う暴論もあるかもしれません。確かに、私たち獣医師などはリスクが高いのでそうすべきかも知れませんし、海外旅行者はそうすべきです。しかし世の中には「動物嫌い・犬嫌い」の人も沢山います。こういう人たちから言わせれば、「それなら犬を飼うことを禁止すればよい」となるかも知れません。大切なのは、『「狂犬病」と言うのは、今話題のBSEや鳥インフルエンザなどとは比べ物にならないほど怖い、非常に致死率の高い感染症であり、私たち人間の命に関わる重大な問題だ』と言うことをきちんと認識することなのです。

 「狂犬病の予防注射なんて打たなくても構わない」と考えている方がもしいるとすれば、それが本当に「社会人として責任ある判断」なのかどうか、良く考える必要があると思います。

 

▽狂犬病予防注射の接種時期

 区・市役所に「飼犬の登録」をしている人は、毎年3月になると「狂犬病の予防注射のお知らせ」の葉書が送られてくる事と思います。これは日本では4月の初めが「狂犬病予防週間」として定められているからです。なぜ4月か、と言えばこれは行政の業務の都合であり、獣医学的な理由からではありません。従って、なんらかの都合により4月に狂犬病の予防注射を接種できなかったとしても、他の月に接種すれば全く問題ありません。なかには毎年9月や12月に接種している、という方もいます。ただしこのような場合には、市や区から「今年度の狂犬病予防接種をまだ受けていません」と言うお知らせが来る場合があります。これは、行政が4月からの年度制を基準にしているため、例えば前年の12月に注射をしていたとしても、「今年度は未接種」と見なされてしまうためです。しかし、きちんと毎年接種しているのならば、何ら問題はありませんのでご安心下さい(但し、真夏の暑い時期にワクチンを接種するのはあまりおすすめではありません)


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