■■「獣医師の役割」とは何か


 「獣医師の役割」とはひと言で言って何でしょうか?「動物の病気を治すこと」でしょうか?それとも「動物を何が何でも生かすこと」でしょうか?もちろん、獣医師の「仕事」は、病気の動物を診療して、診断して、治療することです。ですから、全ての動物の病気を「治す」ことが出来れば、言うことは何もありません。でも、中には現在の獣医療の水準では「治せない」病気もまだまだあります。またヒトと同様に、生きている動物は必ず寿命を迎えます。どうしても治らない病気に出会ったとき、あるいは老衰で動物が亡くなってしまったとき、獣医師は「役目を果たすことが出来なかった」ということになるのでしょうか?

 牛や豚など、いわゆる「産業動物」の診療に携わっている獣医師の場合は、対象動物が病気になったとき、「病気を治すこと」だけではなく、経済的に採算が合うのかどうか、という「生産者の利益」まで判断に含めて診療を行います。例えば、乳牛が乳癌になっても乳房を切除することはありません。牛乳が出なくなってしまったら、乳牛の経済的価値がなくなってしまうため、お金をかけて治療する意義がないからです(余程血統が良ければ、繁殖用にする、ということもあるかもしれませんが・・・私は牛の診療はしたことが無いのでよく判りません)。

 これに比較して、小動物:ペットの診療と言うのは、基本的に採算性は考える必要はありません。「ペットショップで10万円で買った犬だから、10万円以上の治療は受けさせない」なんて言う酷い(!)飼い主はいないでしょう(いないと信じてます)。そういう意味では、小動物の獣医療と人間の医療は、類似した性格を持っていると言ってよいでしょう。ですから、ここで「命題」にした「獣医師の役割」とは、広い意味では「医療提供者の役割」と言い換えることが出来ます。

 では、「医療提供者」の究極的な役割、とは何でしょうか?

 私は、ひと言で言うならば、それは「情報提供」だと考えています。もちろん手術もしますし、薬の処方もします。しつけの相談も受ければ食餌の相談をされることもあります。しかし、手術にしても病気や薬の説明にしても、一番大切なのは「正しい情報を提供すること」ではないでしょうか?例えば、一般的な手術であれば、「なぜこのような手術が必要なのか」「手術をしないとどのようなリスクが生じるのか」「手術をした場合のリスクはどのようなものがあるのか」「術後の生存率はどのくらいなのか」「手術以外の治療にはどんな方法があるのか」など、出来る限り詳細で正確な「情報提供」を、飼い主(ヒトの場合は患者自身)にすることが、これからの医療では非常に大切になってきます。ある手術を、「手術屋さん」というような「手術専門」の外科医に任せてしてもらった場合には、この外科医が行っているのは総合的な意味での「医療行為」ではなく、「医療技術の提供」である、と言うことが出来ると思います。もちろんこれが「悪い」と言っているわけではなく、ただ手術を行うだけでは「片手落ちである」ということを理解して頂きたいと思います。

 私の知人の獣医師の一人は、「獣医師の究極的な役割は、動物を病気にさせないことだ」と言っていました。これもひとつの考え方ですし、否定するつもりはありません。しかし、では一体どうやったら「病気にさせない」ことが出来るのか?というのもひとつの「情報」だと思います。残念ながら、全ての動物を「病気にさせない」ことは、現実には不可能です。もしも病気にさせてしまったら、それは獣医師が役割を果たさなかった、ということになるのでしょうか?多分そうではないでしょう。「病気にさせないこと」は、「役割」というよりは、「理想」あるいは「目標」のようなものと言うべきでしょう。

 インターネットなどのお陰で、私たちの周りは様々な「情報」で溢れかえっています。動物の病気や健康に関連した情報も、ネットで検索をかければたちどころにいろんな情報を入手することが出来るようになりました。中には非常に役に立つものも沢山あります。しかし、○○は体に良い、■■は良くない、××を飲んだらどんな病気でも治る、△△でアトピーが治った、◎◎で癌が治った・・・。このような「商品販売」を目的としたような、信憑性のない「情報?」もまた少なくありません。私達「(獣)医療提供者」には専門家として、これら玉石混淆の「情報」の中から、どれが「正しい」情報で、どれが「間違った」情報で、どれが「怪しい」情報なのかを、科学的・論理的に判断して、飼い主(患者)に開示する、という役割があると考えます。

 幾ら高価な道具・機器があっても、それを有効活用し診断・治療に結びつけ、より良い結果を生むためには、「正しい情報」が必要です。インフォームドコンセント、インフォームドチョイスとは、「正確な情報提供」なしには実践できません。そして、莫大な量の「情報」を整理して有効に利用する能力が、(獣)医療提供者にとって、今後ますます重要になってくるに違いありません。

2004/8/22


CLOSE